東京高等裁判所 昭和40年(う)2435号 判決
しかし、記録を精査しても同被告人が当初から本件各犯行の謀議に参画していたと認むべき証拠はこれを発見しえないばかりでなく、本件各犯行に対する同被告人の関与の態様は犯行の過程及び犯行後を通じ前叙の如きものであつて、犯罪行為の核心をなす欺罔行為そのものに直接関与していないのは勿論、そもそも同被告人は信光商事株式会社の経営に関しては名義上も実質上も何等責任ある地位にあつたものではなく、会社内部において会計事務、営業に関する書類の作成等の補助的事務その他の雑務に従事していた一介の事務員にすぎず、同被告人が信光株式会社、次いで信光商事株式会社に雇われて働らいていたのも、本来その簿記会計上の才能を買われたためであり、こと営業面に関しては実質上も全然裁量権限を与えられておらず、本件取引に関し作成した註文書、荷渡指図書、約束手形等は、前記対比地、植村、横倉らの命によりその指示するがままの内容を機械的に記載したものであること、また註文にかかる商品を配達しに来た被害者側従業員からこれを受け取つたのは、信光商事株式会社の事務員としての立場上、いわば役員の手足としてなした行為であること、更に騙取した商品の処分に関与したのも、事前に同被告人の果すべき役割として予定されていたものではなく、その都度前記高坂その他の役員から具体的な指示を受けて処分先への運搬、換価代金の受領等の走り使いに従事した程度のものと認められること、しかも同被告人は本件各犯行に加功したことにより本来事務員として受けるべき給料以外に格別報酬の支払を受けた形跡のないこと(横倉荘之助の検察官に対する昭和三十七年五月二十六日付供述調書には、同人の供述として「泰明堂との取引の場合も阿部は品物を売ることをしていたらしく、対比地が阿部に対して、品物を売りに行つた報酬として二千円やるのを見た」旨の記載があるけれども、対比地及び阿部を含む爾余の関係者の供述中には右報酬の授受の事実は現われていないのみならず、記録及び当審における事実取調の結果によれば、被告人阿部は日給千円の約束で信光商事株式会社に勤務していたのであるが、会社の手許不如意のため給料の支給がとかく遅れ勝ちであり、会社に入金があつたときに随時各役員から支給を受けていたことが窺われるから、横倉の前示供述のみをもつてしては、未だ被告人阿部が本来の給料以外に報酬の支払を受けた事実があるとは認められない。)等の事情をかれこれ勘案すれば、本件に関する被告人阿部の前叙行動を目して、横倉、植村、対比地らと相協力して自己の犯罪を実現する意思に出たものとは解し難く、むしろ同被告人は右植村、対比地ら上司の命令を拒みかねて、単に同人らの詐欺犯行を容易ならしめる意図で、本件各取引の一部につき取引先に対する註文及び納品の受領等に直接又は間接に関与したにすぎないものと認めるのが相当である。してみれば、本件各犯行につき同被告人と右横倉ら三名との間における共謀関係の成立を否定した原判決の判断は正当というべきであるが、同被告人が前判示の如き方法により本件各取引の一部につき取引先に対する註文及び納品の受領等に直接又は間接に関与した行為は、これによつて当該取引に関し前記横倉ら三名の詐欺の犯行を容易ならしめる性質のものであることは疑いを容れる余地がなく、同被告人において右横倉ら三名の詐欺の企図を了知しながら右の如き行為に及んだものである以上、その所為が詐欺罪の幇助犯に該当することは明らかであるから、原判決が詐欺の共同正犯の訴因につき犯罪の証明がないことの一事をもつて直ちに同被告人に対し無罪の言渡をしたのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を冒したものというほかはない。論旨は結局理由がある。
(坂間 栗田 近藤)